いろいろなことに挑戦する記録

二児のワーママ、人生を合理的に進める記録

★5 居るのはつらいよ

 かつて看護学校で行った精神科実習は、全くの異質空間であり、一週間の間私は変化のない毎日を過ごした。
 他の実習であれば、多少なりとも良くなったりあるいは悪くなったりもするものだが、精神科実習だけは変わらなかった。何十年も入院している人もいると聞いて、時が淀んているとはこういうことかと思い知らされた。
 本書は精神科デイケアを舞台とした、筆者いわくガクジュツ書である。博士課程卒の臨床心理士が沖縄の精神科デイケアに飛び込んでそこで受けるリアリティショックとその正体、原因を論じたものだ。

 

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)
 


 論じたものだとは言っても、文書から溢れ出るユーモアは本人の人柄すら見えてくるようであり、デイケアとはこういうことがあるということを生き生きと面白く描いている。

 企業で働き目標を持って右肩上がりに成長していく人生を歩む人には中々理解しがたいことではあるが、世の中の一部の人には円環の生活というものがある。円をきちんと描き、次の日も同じ円をかけるようになること、当たり前の生活が送れない人もいる。そんな人たちに「ただ、いる」ことを許される場所を提供するのがデイケア、というわけである。

 前に進まない毎日は、繰り返される日常。デイケアメンバーの方々はそれができないこともある。その方々には柵がない牧場でかわれる羊のようだ。空いた穴から泥棒が狼が入ってくるかもしれない。柵はあると安心。親の庇護のもと遊べるように。

 本書の舞台は精神科の話ではあるが、精神が発達中の子の生活援助にも似たようなことが言えるのではないかと感じた。
 毎日毎日、ご飯をあげ、外遊びをし、おむつを変え、お風呂に入れて、寝かしつけて、また朝起きて…これができるようになる、ということは、偉大なことなのだなと教えられた。

 さすがケアをひらくシリーズだけあって、質が高くとにかくユーモラスな文章に引き込まれる。

 筆者は冒頭から「ただ、いる」だけを非常に苦にしている。人間、なにかしていないと暇に耐えられないのだ。しかし子育てにケアギバーが必要なように、誰かが何かしなくても一緒にいることにより生活が安定することもある。逆に言うと、ただ、いる人がいなくなると生活が崩壊する脆ささえある。

 本書は読み慣れた物語を語るように学術用語を軽やかに織り込んでくる。そう、確かにガクジュツ書なのだ。

 精神科実習を前にしている看護学生、とりあえず面白いものを読みたい読書家、そして毎日同じことの繰り返しをしているケアギバーの皆様におすすめしたい。